先輩の留学体験記

先輩の留学体験記

留学体験記

前原 隆

緒方 謙一

金子 直樹

留学を振り返って

前原 隆

私は2007年に九州大学歯学部を卒業し、研修医を経て2008年に九州大学大学院歯学府 顎顔面腫瘍制御学分野専攻 博士課程に進学しました。大学院修了後は九州大学病院顎口腔外科で3年間の外来・病棟勤務を経て、2015年からハーバード大学の Ragon Institute of MGH, MIT and Harvard ( (http://www.ragoninstitute.org))で研究留学する機会を頂きました。
研究内容は、難治性疾患といわれる治療法が確立されていないシェーグレン症候群、IgG4関連疾患や全身性強皮症などの膠原病を専門にしています。膠原病というのは、自分自身の体を攻撃してしまうリンパ球や自己抗体などが認められる自己免疫疾患です。自己免疫疾患の病態は未だ不明なことが多く、治療法が確立していません。そのため病態を解明し、新規治療法を開発することを目指して、リンパ球の中で免疫の司令塔であるもT細胞に着目して研究を続けています。
留学するきっかけとなったのは、私の大学院時代の研究テーマでもあった IgG4関連疾患の病態解明をハーバード大学のJohn Stone教授と Shiv Pillai教授のグループが精力的に行っていたことから、そこで研究したいという強い思いがありました。2014年にハワイで行われた国際学会で、留学先のボスと話すチャンスを頂きその 1 年後に留学のチャンスを掴むことができました。2015年3月から2018年3月まで3年間のアメリカ生活の始まりでした。
私の留学先での研究テーマは、ヒト難治性疾患の T 細胞に関する病態解明という大きなテーマで、当時流行っていた、多重蛍光免疫染色やシングルセル次世代シークエンス解析などを用いて、新規のT細胞サブセットを同定し、それが IgG4関連疾患の病態形成と線維化に関与することを見出しました。
またこの T細胞をターゲットとした新規分子標的薬治療が有効であることを明らかにしました。留学先での仕事を3本の論文にまとめましたが、そのうち2本がNatureレビュー誌でリサーチハイライトとして紹介され、2017年にハワイで開催された国際学会ではシンポジストとして講演する機会もありました。アメリカでの研究生活で得たものは、研究論文だけでなく実際にアメリカで仕事して生活するという貴重な経験を積むことができました。2018年4月からは現在の九州大学顎口腔外科に赴任することとなり、現在は手術などの臨床で忙しくなってきましたが、研究マインドを忘れずに仕事を続けております。帰国した後もハーバード大学との国際共同研究を継続しており、留学中にできた世界的なネットワークが今の仕事を進めていく上でも生かされています。今後も研究に臨床にと、真摯な姿勢で取り組むとともに、自分自身が楽しんで仕事に邁進していきたいと思っています。

図1 ラボのメンバー

Boston 生活についても少し振り返ってみると、日本と同様に四季があり、春は新緑がとても綺麗で過ごしやすい場所でした。7月4日はアメリカ独立記念日です。ボストン市内を流れるチャールズリバー(図2)のほとりにあるハッチシェルで、ボストンポップスによる演奏会があります(図3)。空軍の戦闘機も飛ぶし、空砲の合図でフェスティバルが始まります。フィナーレには花火が打ち上がります。July 4thが終わると短い夏が来ます。カラッとした空気と澄み渡る青い空はとても綺麗です。寒暖の差があるため秋の紅葉はとても綺麗で、ボストンの街並みがヨーロッパに似ていることもあり、街中のいたるところが絵になる光景でした。秋が終わると、長い冬が始まります。

寒さは厳しく時にマイナス20℃になることもあり、ボストンの中心を流れるチャールズリバーが凍結することもありました。
気づけばあっという間に終わった3年間でしたが、ボストンは私たち家族にとっても第二の故郷となりました。

最後になりましたが、留学の後押しをして下さった中村誠司教授や市立長浜病院リウマチ膠原病内科の梅原久範先生、福岡大学腎臓・膠原病内科の中島衡教授、長岡赤十字病院の佐伯敬子先生のお力添えのお陰様で研究成果を出すことができました。さらにたくさんの医局員の先生にも助けて頂きました。皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。また留学の苦楽を共にした家族にも心から感謝します。

図2 チャールズリバー

図3 ハッチシェルでの July 4th

The University of Texas Health Science Center at Houston (UTHealth) 留学記

緒方 謙一

2018年9月から2019年9月までの1年間、アメリカテキサス州ヒューストンにあるThe University of Texas Health Science Center at Houston (UTHealth) に留学していました。ヒューストンはテキサス州の南東部に位置し、全米第4位の大都市です。テキサス州南部はメキシコと国境を接しているため、メキシコ系の人が多く、公共交通機関や公的機関でも英語と共にスペイン語が併記してあり、お店でもよくスペイン語を耳にします。さらにテキサス州は、その広大な土地と雄大な自然も魅力の一つです。それもそのはず、テキサス州の土地面積は日本の約2倍なのです!ヒューストン市内から車で30分ぐらい走ると、周囲には高い建物もなくなり、次第に一面に広がる荒野…永遠に続く1本道と彼方に見える地平線…さながら映画のワンシーンのような風景を経験できます。 一方で、ヒューストンにはテキサス医療センターという医療研究機関の集積地があります。見渡す限り大学か病院もしくは研究機関の建物で、一つの研究都市の様相を呈しています。ベイラー医科大学、テキサス大学健康科学センターヒューストン校、メソジスト病院、テキサス子ども病院、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターなどがあります。
私は、Visiting ScientistとしてUTHealthのDepartment of Diagnostic & Biomedical Sciencesに所属していました。私がいた研究棟では、Craniofacial Researchが盛んに行われており、ここでの私の1つ目の研究テーマは、唾液腺のexocytosisの分子メカニズムの研究でした。特に、現在詳細な機能がまだ分かっていないGolgi-Associated ATPase Enhancer of 16 kDa (GATE16)に着目し、exocytosisにどのように関与しているのかをノックアウトマウスの唾液腺を用いて解析していました。2つ目の研究テーマは骨形成とコレステロール代謝に関する研究でした。コレステロール代謝を制御しているInsulin induced gene 1および2 (INSIG1/2)、コレステロール産生の最終段階に関わる7-dehydrocholesterol reductase (DHCR7)をそれぞれノックアウトしたマウスを使って骨形成がどのように変化するかを研究しました。
留学して良かったことは、じっくり腰を据えて論理的に考える時間が得られたということです。日々研究をしながら、実験結果を一つひとつ「これにはどういった意味があるのだろう?」と考え、未知の領域を自分自身で開拓していく楽しみを、そしてときには辛さを経験することができました。診療があるとなかなかそういったことはできないと思います。また、テキサス州は英語のなまりが強いため、初めは聞き取りに大変苦労しました。もともと英語のヒアリングやスピーキングはそれ程得意ではなく、どちらかというと苦手な部類でした。しかし、半年もすると英語の聞き取りも慣れ、「英語は所詮コミュニケーションのツールでしかないし、通じればへたくそでもいいや」と開き直ることができました。最後のほうでは、ラボのメンバーと英語で雑談できるようにまでになり英語を聞いたり話したりすることに対して抵抗がなくなりました。
もちろん、留学は楽しい事も多いですが、それ以上に大変でつらいことも多いです。海外という完全にアウェーな状況で、英語が上手く話せないし通じない、しかも生活習慣も現地のやり方に合わせながらの生活、それに加えてトラブルも色々とついてまわります。今でも忘れられない最大のトラブルは、渡米後1か月も経たないうちに車で追突事故を起こされたことです。日本でも事故を起こしたこともないのに、言葉の通じない外国で…その時は、警察・事故を起こした相手・保険会社とのやり取りに奔走しました。しかし、その経験を通して学んだことは、「黙っていては誰も助けてはくれない。そして自分から発信しないと誰も気づいてくれない」ということです。そういった意味では、人として強くなったのかもしれません。
ここまで読んだ方で、「留学したいけど、私にできるかな…」と思った方も多いと思います。しかし、刺激を与えてくれる人や環境がそこにはあります。英語が苦手だった私にとって、海外留学はとても大きな挑戦でした。自分の力を信じて挑戦してみる…そんな経験が、きっと今後自分の人生を豊かなものにしてくれると思います。
最後になりましたが、このような海外留学の機会を与えてくださいました、中村誠司教授をはじめ大学関係者の方々、医局の先生方、また私を快く受け入れてくださいましたUTHealthのDr. Junichi Iwata、そして苦楽を共にした妻に心より感謝申し上げます。

写真1. Iwata labのメンバーと。

写真2. The 2019 Rolanette and Berdon Lawrence Bone Disease Program of Texas Scientific Retreatにて。Dr. Iwata(右)と。

写真3. White Sands National Monument

Boston 留学体験記

金子 直樹

 私は2018年4月より、BostonにあるMassachusetts General HospitalのRagon Instituteという研究所に留学しております。僭越ながら、私のこちらでの生活について、体験記という形でお伝えできる機会をいただきました。留学中の海外生活はどんなものなのかと軽い気持ちでお付き合いいただければ幸いです。

 BostonはNew Yorkの北東に位置し、アメリカの中でも最も歴史ある街の一つです。Harvard大学、MITそしてBoston大学といった多くの大学があり、学術都市としても有名です。Massachusetts General HospitalはHarvard医科大学の関連病院の一つで、中でもRagon InstituteはHIVやインフルエンザなどのウイルス感染症を専門に扱う研究所です。私はここで自己免疫疾患(IgG4関連疾患、シェーグレン症候群、硬皮症、リウマチ、線維性縦隔炎)の病態解明を目指し、九州大学病院の顎口腔外科と共同研究を進めています。

 留学当初は文字通り期待と不安を胸に渡航いたしましたが、正直申しますと私にとっての留学生活は楽しいことばかりではありませんでした。それどころか、初めの半年程度は常に気分は沈んでおりました。大きな一つの要因はやはり英語によるコミュニケーションが難しいことです。他の同僚は皆親切だったのですが、当然ながら各々仕事があり、英語が話せない私に手取り足取り全てを教えてくれるほど暇ではありません。積極的にコミュニケーションを取らなければ、相手にされません。私は自分から全く話しかけなかった(かけられなかった)ので、今思うと『彼は一人でいたいのだろう』と皆から思われていたことでしょう。私は比較的コミュニケーションに自信があったのですが、早々にその自信は砕かれました。粉々です。言語のみならず当然文化も異なります。日本ではほぼ間違いなくスムーズに終わることが、体感上6~7割程度の事柄は一旦滞ります。日本に比較すると、アメリカは良くも悪くも大雑把な所が多いように感じます。このように留学当初は様々な面において苦しんでいたことを鮮明に覚えています。

 しかし時が経てば、それにも慣れてきてしまうのが、人間の適応能力の高さなのでしょう。英語が話せないなりにも同僚とコミュニケーションを取る方法を学び、アメリカと日本の文化の違いも少しずつ理解できてきたのが約1年半経過後です。その頃になると(1年半でやっと!)ラボで進めている研究プロジェクトの概要が理解できるようになってきました。それに伴い、ラボの同僚ともディスカッションを含め会話が増え、自然と留学生活が楽になっていったのを覚えています。

 そのように少しずつ軌道に乗ってきたように見えた留学生活ですが、予想外の出来事が世界中を襲います。新型コロナウィルス (COVID-19) です。研究室は閉鎖し、外出も自粛、日に日に感染者数が増加し、まさに先の見えない暗闇にいるようでした。一方で、Bostonは世界屈指の医薬系研究のメッカの一つです。私の留学先であるRagon Instituteはウイルス感染症をメインに研究しておりましたので、COVID-19の研究も有志で先陣を切って取り組むことが決まり、私もその一員として参加させていただくことができました。その時期は毎週のように大規模なonline meetingが開かれ、論文公開前の新しいデータを多施設で共有、ディスカッションし治療法や病態解明を目指し協力していました。それぞれの報告は先の見えない暗闇を照らす光明であり、人類が協力することの力を肌で感じました。そのような中で私たちのグループは、COVID-19における特異な免疫反応の解明に従事し、論文(Kaneko N, et al : Cell, 183 : 143-157.e13, 2020)として発表しました。PI、co-author、多くの関係者、そして何より多くの患者さんとそのご家族の協力がなければこの研究はなり得ませんでした。改めてこの場を借りて深謝いたします。またCOVID-19による多くの犠牲者に哀悼の意を表します。この原稿を執筆現在(2021年1月)も次々と素晴らしい成果が報告されており、ワクチンの接種も開始されています。将来的にCOVID-19の制圧は約束されていると感じています。私自身も帰国までの間、自己免疫疾患およびCOVID-19の病態解明において少しでも良い成果を挙げられるよう尽力いたします。

 延々と私の留学生活を記しましたが、留学生活は研究がメインではありますがそれだけではなく、私生活でも予想外のことが度々起きます。それも含めての留学生活だと思いますが、ここまで読んでくださった皆様でもし留学を考えている方がいらっしゃいましたら是非留学をお勧めいたします。前述のように、私にとって留学はとても大変なものでしたし、気持ちが沈むことも少なくありませんでした。それでも途中で帰りたいと思ったことは一度もなかったと思います。きっと辛い中にも自身の成長を感じることができる機会が多かったからではないかと思っています。私がこの地で経験した一つ一つは大変なことも含めすべて貴重な体験です。この拙文が、留学を考えている皆様の背中を少しでも押すことができるのならそれに勝る光栄はありません。

 最後になりましたが、留学の後押しをして下さった中村誠司教授と前原隆先生、そしてたくさんの医局員の先生方皆様にこの場を借りて心より感謝申し上げます。また常に傍で私を支えてくれている家族に心より感謝申し上げます。

PIのProf. Shiv Pillai、
当科の前原先生と筆者

早朝のチャールズリバー。
Bostonはとても美しい街です。

Labの仲間達と。
Bostonでもラーメンは人気です。

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